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創立者 アルフォンス・ヘンリック
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1888年 1月 |
マリア会会員5名来日。 |
2月 |
京橋区築地明石町に小規模の学校を開く。生徒数6名。 |
7月 |
麹町区元薗町に移転。暁星学校と名づける。 |
8月 |
私立暁星学校の設立認可される。 |
1889年 11月 |
新校地の購入準備に着手。この年、生徒数50名。 |
1890年 7月 |
本校の現在地(現中・高敷地)に移転。 |
8月 |
単級4年の私立暁星小学校の設立認可をうけ、本格的授業を開始。
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1899年 10月 |
私立暁星中学校の設立認可される。 |
1902年 5月 |
制服着用の規定をつくる。 |
1913年 4月 |
小学校現在地に移転。 |
1917年 10月 |
マリア会の創立100年祭を挙行。 |
1923年 9月 |
関東大震災により、小学校校舎全焼。 |
1925年 10月 |
校舎再建の落成式と創立35周年記念式典を挙行。 |
1936年 3月 |
校歌を制定。(北原白秋作詩・山田耕筰作曲) |
1938年 1月 |
マリア会渡来50周年記念祝賀会を開催。 |
1944年 8月 |
小学校疎開学園を実施。 |
1947年 12月 |
財団法人暁星学園を認可される。 |
1948年 1月 |
創立60周年記念式典を挙行。 |
3月 |
高校設立の認可がおり、暁星高等学校が発足。 |
1949年 3月 |
私立学校法に基づき、学校法人に組織変更。 |
4月 |
小学校校舎の改築落成。 |
1958年 10月 |
小学校校舎の竣工。 |
11月 |
創立70周年記念式典を挙行。 |
1965年 7月 |
那須校外学舎の新築工事竣工。 |
1967年 7月 |
小学校専科棟竣工。 |
1968年 11月 |
創立80周年記念式典を挙行。 |
1969年 4月 |
暁星幼稚園を設立。(幼・小・中・高の一貫教育がスタート) |
1976年 9月 |
小学校校庭タータン仕上げ完成。 |
1977年 7月 |
軽井沢校外学舎の新築工事竣工。 |
1978年 11月 |
創立90周年記念式典を挙行。 |
1988年 11月 |
創立100周年記念式典・祝賀会を挙行。 |
1989年 3月 |
創立100周年記念の新築工事(中・高校舎・事務棟)竣工。 |
1992年
8月 |
小学校校庭タータン改修。 |
1993年 5月 |
専科棟教室空調設備工事竣工 |
1997年 8月 |
小学校校舎新築工事開始。 |
1999年 3月 |
小学校校舎新築工事竣工。 |
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暁星で制服・制帽の着用を始めたのは明治35年、日本の公立中学校と同じ資格を持つことを明らかにするためでした。
制服は7つボタン(小学校は6つ)に襟章と袖口の細い金モールが特色で、フランス海軍の軍服がモデルでした。この基本デザインは現在も受け継がれ、70年前に考案されたにかかわらず気品とスマートさは今も人気があります。
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大正6年ごろ
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「タブリエ」と呼ばれるうわっぱり。制服の上に頭からすっぽりかぶっていました。
現在も、校内着として着用しています。
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小学校児童の制服
(6つボタン)
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現在の制服
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冬服 夏服
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暁星のサッカーの歴史は古く、創立者ヘンリック師がもともと大の球戯の愛好者だったこともありますが、生徒にサッカーの手ほどきをしたのは1910(明治43)年、フランス人教師グットレーベン師がそのはじまりと記録されています。日本にサッカー協会が結成されたのが1921年ですから、その10年以上前に暁星ではサッカーを行っていたことになります。
小学校のサッカーは大正の頃に始まり、戦中戦後を除いて1964年11月にサッカー部として再発足しました。当時全校生徒750名に対して多いときには600名が部員ということもありました。現在も週に1時間学年サッカーの時間を設けたり、学期毎にサッカー大会を開催するなど、サッカーは校技として子どもたちに親しまれています。




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